柏柳明子 第二句集『柔き棘』
柏柳明子さんの第二句集『柔き棘』を拝読しました。
柏柳さんは「炎環」同人、「豆の木」に参加、第30回現代俳句新人賞を受賞。第一句集『揮発』をすでに出版されています。
まずは好きな作品を20句ほど。
無患子を拾ふきらひな子のきれい
湯ざめして根の国に入る主人公
怒りにも似たりクロール折り返し
剝くほどに母うつくしくなる林檎
朧夜のふたり洞窟にゐるごとし
ふくろふが次の世界を選びけり
踊子の闇をひらいてゆく躰
囀や部屋を四角くして返す
ジーンズのまつすぐ乾き冬の月
分身の歩いてきたり西日中
着衣とは手足はみ出すこと野分
茄子の馬客間に少し残る熱
手毬歌あかるきものの燃えやすし
母音からはじまる世界水の秋
裏声を集めて梅の花ひらく
かなかなや死者の並びし肖像画
人参をなだめるように炒めけり
柱より人あらわるる花粉症
低予算映画蓬を摘む手より
月白や手の甲回すフラメンコ
前句集からも萌芽はあったと思いますが、本書でよりはっきりしてきた明子俳句の特長は、「感覚の拡張」といってよいのではないでしょうか。
俳句は一般に「視覚」と相性がよいと思われています。「写生」しかり、「造型」しかり。テレビ番組でも写真との組合せがよく使われます。
人間が普段もっとも依存している感覚はおそらく視覚でしょうからこれは無理からぬことではあるのですが、言語芸術である俳句は必ずしも視覚のみに頼る必要はなく、むしろその外や奥にまだまだ手付かずの沃野があるといってよいと思います。
コーラスやフラメンコの経験をお持ちということでそれらの感覚的な鍛錬が影響しているのかもしれませんが、明子俳句には特に「音」や「動き」、「皮膚感覚」へと開いていく魅力があります。
千利休によれば芸事には「守・破・離」のプロセスがあるということで、本句集はちょうど「破」にさしかかったところではないでしょうか。掲句の中にも、いわゆる写生句から、五感へと拡張した句、五感以上の感覚に届こうとする、また直観の世界に突入しようとするものなど、多くの挑戦が感じられます。現代的語彙への取り組みも、作品の新鮮さを際立たせます。
良質の「現代俳句」、明子俳句の次なる深化を楽しみにしております。